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【世界の巨匠〈ビリー・ワイルダー〉】「アパートの鍵貸します」

上役の情事の場所として自分のアパートを貸し出すサラリーマン。少々侘びしいけれど、それが出世に繋がるんだから何の問題もない、はずだった。上役の浮気相手が、自分が心を寄せるエレベーターガールだと知るまでは……。

 

 

ワイルダー+ジャック・レモンのコンビ作らしく大いに笑わせてくれる「アパートの鍵貸します」には、(例えアパートを浮気場所として提供したことなどなくても)勤め人ならば他人事では済まされないペーソスも満ちている。

 

もちろんレモンは上手いのだけれど、この作品のペーソスはシャーリー・マクレーンの魅力に負うところが大きい。目の醒めるような美女というわけではないマクレーンが、この作品では持ち前の華やかさも封じて、傷つきやすさ、哀れさを醸し出している。作品公開後、あるパーティでワイルダーに会ったマリリン・モンローは、いかに自分がこの役をやりたかったか切々と訴えたというが、この役にはマクレーンならではの味が必要だ。

 

主人公ならずとも思わず守ってやりたくなるような佇まいなのだが、これはワイルダーが脚本の最初の四〇ページしか彼女に渡さなかったことと関係があるだろう。マクレーンはまだ脚本が完成していないのだと思っていたが、実はワイルダーは物語の展開を主演女優に隠しておくことで、不安な様子を引き出そうとしたのである。

 

すでにワイルダーに全幅の信頼を寄せるようになっていたレモンに対しては、そんな小細工は不用だった。実際レモンは脚本をまったく読まずに出演契約にサインした。「ワイルダーとの仕事なら、電話帳を映画化するといわれてもサインするね」とレモン。

 

ワイルダーは役者がアドリブを挟むことを通常は許さないのだが、この作品の中では例外的にレモンのアドリブを許している。テニスのラケットでパスタの湯切りをする名高い「バックハンド」の場面でオペラ風の歌を主人公が口ずさむのはレモンのアドリブである。