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【世界の巨匠〈サム・ペキンパー〉】「わらの犬」

「天地は無常であり、すべての生物を『わらの犬』として扱う」―老子道徳経―

妻の故郷でもあるイギリスの片田舎に引っ越してきた夫婦が、そこで偏見や差別などに裏打ちされた暴力の渦に巻き込まれていく惨事を描いた映画『わらの犬』は、サム・ペキンパー監督にとって初の現代劇映画であったが、それまでの彼の西部劇映画の暴力描写の中に漂う哀愁や、不可思議なまでにノスタルジックな情緒は微塵もない。

 

そこには現代社会がもたらす暴力を全面否定しつつも人が生きていく限り暴力の洗礼から逃れきることはできないというペキンパーの痛切な覚悟の念を思い知らされる。『ワイルドバンチ』(69)のクライマックス“デスバレエ”と本作のレイプ・シーンにおけるスローモーションの映画的効果は、当然ながら似て非なるものなのだ。

 

主演のダスティン・ホフマンは『卒業』(67)や『真夜中のカーボーイ』(69)など、どちらかといえば当時は気弱もしくは脆弱な若者を演じ続けていたが、本作はそのギャップを活かして、非暴力主義の理想を抱く弱者が現実の暴力に対峙したときの脅威的変貌を見事に体現。妻役のスーザン・ジョージは本作のイメージが鮮烈すぎたか、その後も『ダーティメリー・クレイジーラリー』(74)『マンディンゴ』(75)など人がもたらす非情な情緒をダークに熱く漂わす作品への登板が続いた。

 

撮影監督の度重なる交代、ペキンパーが肺炎に侵されて入院を余儀なくされて撮影が中断されるなどのアクシデントや、編集時に製作サイドが結末をハッピーエンドにすべきという主張がもたらせての議論もあったが、最終的にはペキンパーの意向に沿ったものとして、作品は完成。「アイロニー(皮肉)」という彼のヒントから紡ぎだされたジェリー・フィールディングの非情かつ硬質な音楽は、レコードにして売れそうな主題曲を期待していた製作サイドを仰天させたが、ペキンパーに大いに支持され、『ワイルドバンチ』に続き、その年のアカデミー賞作曲賞候補となった。